3/14・事務所びらきを行いました
2020年3月14日に、とくおか真紀と暮らしをつくる会・事務所びらきを行いました。
流行中の新型コロナウィルス感染症を考慮して、屋外・時間短縮で行いました。
昨晩から降り続いた雨が朝に上がり、好天に恵まれた中の開催となりました。
とくおか真紀の挨拶全文をご紹介いたします。
みなさんおはようございます。
晴れてよかったです。
夜、ドキドキして、ずっと雨の音を聞きながら、ああ、もうどうなるんだろう、どうなるんだろう、外でみなさんに私の顔を見ていただく機会がなかなか持てない今回の選挙戦なんですけれども、せっかく見ていただける機会があるのに、雨が降っちゃったら、どうしようかという思いで、昨日の夜は、もう半分寝たような、半分寝てないような、そんな一晩を過ごして朝を迎えました。
みなさん本当にお忙しい中集まっていただき、ありがとうございます。
そして、本当に今日、これまで支えてくださった皆様、私の、子育て中の一人の母親の無謀な挑戦を、地域のみなさんやお友達、私を支えてくれている遠くに住んでいるみなさんに、感謝申し上げます。ありがとうございます。
わたしは今立っているここ、三次市和知町の和知中(わちなか)というところで生まれて育ちました。
みなさん小さいころから、「まきちゃん、頑張ってね」と言って、朝の登校の時からずっと見守ってきてくださった方に、私は支えられて、今ここに立っています。
いつも海外に行くのが大好きで、「また行くんねー!」「心配じゃねー!」って、みんなが心配してくださり、病気になったときも、我が子のように「大丈夫?」と言って声をかけてくださいました。
そうやって、私はこの地域に支えられて生きてきました。
私は新たなチャレンジすることを決心しました。
その理由を、今から皆さんにお伝えできればと思います。
きっかけは二つあります。
一つは、私が経験した、東日本大震災です。
その当時私は東京にいました。
3歳の息子と一緒に調布市という所に暮らしていたんですけれども、調布市でも震度5から6という大地震を経験しました。
その時に経験したのは、あまりにも東京が脆弱だということです。
水道も止まり、ガスも止まり、電気も止まり、東京の暮らしは本当に震災に災害に弱いんだっていうことを思い知らされました。
そして避難をして帰ってきたここさとやまの三次は、自然に囲まれて、水も電気も空気も食べるものも、全てのものが周りに揃っている、本当に豊かなさとやまでした。
東京が素晴らしいという、小さい頃から都会に出たいという憧れを持って暮らしてきていましたが、いざ帰って改めて見つめると、私の足元にすべてがあったんです。
豊かな自然に、たくさんの優しい人達、地域に囲まれて、本当に私は東京から帰ってきて良かったなーっていう風に思いました。
そして私が何をしたかと言うと、先ほど安藤さんから紹介いただいたように、もう子ども達に「原発の恐ろしさ」っていうものを伝えたくないと思って、ずっと避難してから3年間は、デモや陳情や講演会や、ありとあらゆることに取り組みました。
でも原発は止まらなかったんです。
じゃあどうしたらいいんだろうって思った時に、私は、このさとやまの自然を思い出しました。
そして東京から帰ってみると、私が小さい頃に遊んでいた豊かな自然が、だんだんと崩れてきているのを感じました。
森林はだんだん荒れて、田畑も作る人がいなくなっていて、私が遊んでいた頃のさとやまとはずいぶん景色が変わってきていました。
私は何か地域にできないかっていう風に考えるようになりました。
そして、今までずっと海外をボランティアなどをして旅をしてきていましたけれども、その時にいつも感じていたのが、世界で起こっている貧困や紛争などは、私たちの住む先進国と呼ばれている日本のような国に、少し原因があるんじゃないかという風に思いはじめました。
たくさんの資源を使って私たちの生活が成り立っている、そしてたくさんの物を輸入して私たちの生活が成り立っている。その裏にはなにがあるんだろう、という風に考えるようになりました。
私たちの暮らしの中からもっと変えていけることがあるんじゃないか、もっと地域から変えていけることがあるんじゃないかというふうに考えました。
リーフレットを見てくださった方がいらっしゃれば、裏に書いてあると思うんですけれども、私がずっと心に留めてきている言葉があります。
それは「Think Globally, Act Locally.」という言葉です。
それはどういう意味かと言うと、世界規模で考えて地域で行動する。ということです。
この言葉が私は大好きです。
わたしたちの暮らしと世界はつながっている。もちろん、ここに住む地域と世界の貧困、紛争、全部つながっていると考えます。
だからこそ私はこの三次で力になりたい。
ここで動くことが、世界の貧困とか、紛争とか、もちろんみなさんの生活も変えていくことができるんじゃないかという風に考えました。
それがひとつの理由です。
そしてもう一つの理由は、四年前に集落支援員として、和田の和田自治連合会で勤務をさせていただくことになりました。
わたしがずっと集落支援員をしたいっていう思いがあって、皆さんに伝えていたところ、三次市が集落支援員制度を入れてくださって、そして私は和田で働くことができるようになりました。
最初は皆さんにアンケートを取って、「まちづくりビジョン」と言う、和田地区のこれから10年をどういう風に目標を持って暮らしていくかというビジョンを作る仕事をさせていただきました。
その時に私が考えたのが、住民の方にアンケートを取ることでした。
今まで和田ではそういうことはやったことはないんだよ、と言われながらも、小学生以上の住民の方みなさんにアンケートを取りました。
そしたらたくさんの不安な声、将来への不安、そして苦しみ、これからどうしていったらいいんだろうかというような悩みの声が、そのアンケートにはたくさん書いてありました。
和田地区にもこんなに課題があるんだという風に、最初、集落支援員になったときに、それを心にとめながら活動してきました。
それに比べて子どもたちは、和田の人がとても好きだ。そして和田のこの豊かな自然が大好きだ、というような本当に子どもの素直な感想を、そのアンケートに書いてくれていました。
このギャップはなんなんだろうという風に思いました。
この子どもたちが、この里山で、和田地区で、三次市で暮らすためには、私たち大人がこの課題を解決していかなければ、子どもたちの未来もつなげていけないんじゃないかという風に思いました。
そして、私は少しずつですけれども、まちづくりビジョンの中で課題である、空き家対策だったり、一人暮らしの男性を支援するための“男の料理教室”だったり、子育て世代のお母さんにリラックスして欲しいっていうことで“ママカフェ”を開催したり、少しずつですが地域でアンケートを元に取り組みを進めてきました。
しかしながら去年の夏ぐらいですね、ある男性が涙ながらに
「とくおかさん、わしはもう田んぼも畑も、よう作らんようになった。何とかしてくれ。」という声を和田のコミュニティセンターに届けに来てくださいました。
その方はこの和田地区で昔から農業にとっても一生懸命携わっていらっしゃる方で、私もなんとかお手伝いをさせてもらったことがあるんですけれども、もうご高齢になって、自分が耕してきた畑や田んぼを作れないという風な声を届けてくださったんです。
でも私にはどうすることもできませんでした。
でもその声がどんどんたくさんの方から聞こえてくるようになり、私の中でこれまで4年間やってきたことというのがなんだったんだろうという風に考えるようになりました。
少しずつ何かしら取り組みをしてきたはずなんだけれど、まだまだこんだけ困っている人がいらっしゃる。どうやったらこれを解決できるんだろう。すごく考えました。
一番の解決の方法が私にはその時に思い浮かびませんでした。
きっと、その方の問題というのは、和田だけではなく、その方だけではなく、三次市全体だったり、もう日本全体だったりの問題なんじゃないかという風に考えました。
それならもう少し仕組みから変えていく必要があるんじゃないか、という風に私は考え始めました。
そして今回、志を決めさせていただきました。
本当に去年の夏終わってからなので、去年の今頃はこういうことは自分の中で全く考えてなかったことです。
なので、安藤さんにもずっと「まきちゃん、出たら?」という風にも、お話を頂いていたんですけれども、なかなか自分の中で踏み切る勇気もなく、自分がやっても変わらんだろうな、っていう風に考えていました。
でも、みなさんが
「和田には何にもないんじゃ」
「何かしたって、何にも変わらんのんじゃ」
「どうしようもないじゃろう」
「まあ、しょうがないけん」
っていう声をたくさん聞いてきたんですけれども、
それを、変えていきたい。
しょうがなくない。
何か力になって、みなさんの暮らしだったり、子ども達の未来につなげていきたい、という思いが強くなってきました。
暮らしと政治は繋がっています。
本当に一人の力はすごく小さいものなんですけれども、こうやってたくさんの皆さんの声や力を合わせれば、私は必ず変えていけると思っています。
みんなが安心して未来に夢を描いていける社会や、ここにあるようにだれ一人取り残されないやさしい町に、そして子どもたちの笑顔、お年寄りの笑顔、里山の自然を守りながら、それぞれの命が生き生きと輝く未来を作りたい。
みなさんと一緒に作りたいんです。
わたしだけでは力が不足です。
そして今、ずっと閉ざされている市政をしっかりオープンにして、みなさんにわかりやすく伝え、皆さんからの声を一緒に考え、提案して提言していく。
世界で初めての少子高齢化を迎える日本を、三次からみんなで変えていきたいんです。
孫に、子どもに、どんな未来を残していきたいのか、みんなが想像力を膨らませて、仕組みに変えていける力に、なりたい。
皆さんと一緒に、考えていきたいと思っています。
皆さんと一緒に、未来を作っていきたいと思っています。
ありがとうございました。